不倫も恋愛

不倫を肯定する考え方とその生き方

不倫は文化?知られざる人間の本能とは

「不倫は文化」との言葉がありますが、これはマスコミによって誇張され世間に伝えられた言葉であり、この発言は正論ではないかと思います。

一般道徳から言えば不倫は、良くないとされている事は皆さん分かっていると思います。それをマスコミがこぞって悪者扱いをして当事者を潰すような事をしているのには、少し腹がたつ気持ちです。

人が本来、持っている本能をだしているだけでは、ないでしょうか。と言っても人には他の動物と違って理性を持っていますので、抑えられるように努力しなくてはいけませんが、本能を抑えきれない時もあるのではないでしょうか。その本能を皆忘れてしまい、世間体や周りを気にし過ぎて自分自身に嘘をついて生きているのではないでしょうか。

実際に日本だけでなく世界の有名な文学や芸術でも不倫は文化のような表現があります。不倫を肯定しているようになりますがこのような生き方や考え方もある事を理解してもらえたらと思います。

不倫をしている独身の友達(女性)に、既婚男性の彼について、どこが好きなのか聞いたときに「既婚者だから好き」という思いがけない理由が返ってきた時の衝撃に似たものを感じますが、不倫の形も様々だなぁとしみじみ思う今日この頃です。

瀬戸内寂聴物語!不倫を後悔しない生き方

51歳で天台宗で出家し僧侶となった、瀬戸内寂聴(89)の半生は不倫・三角関係とと名実ともに恋に生きる女であったと言えるでしょう。

戦時中、お見合い結婚で学校教師と結婚し、子宝にも恵まれたにもかかわらず、戦後に夫の教え子と不倫理な関係に陥り、夫と長女を顧みず家を出て京都で生活。

寂聴は、この関係に耐えきれず夫に話をするが、夫は激昂し二人を連れて上京する事になり毎日暴力が絶えず、気持ちが変わらない寂聴は一人で友人の家に逃げる事になりました。

結局、青年とは、破局になり寂聴は自立するため出版社で働く事になります。生計を立てるため会社勤めの傍ら、執筆活動にいそしみ4年後正式に離婚します。

そこで今度は小説家と出会う事になりますが、それから時が経ち、青年と12年ぶりに再会。青年は生気がないため放っておけずに、また関係が始まってしまい微妙な三角関係となり、次第に寂聴はこのような関係に疲れて出家の道を選んだようです。

その人生は、賛否両論ありますが波乱万丈と言えるでしょう。

瀬戸内寂聴さんの法話で、生きるのがつらくなくなったという知人がいるのです。5年越しの不倫中の独身女性(30代後半)が言うには、自分を幸せにするために本能のまま生きろと後押しをしてくれたような気がするらしいのです。

不倫相手である男性は、40代半ばで中学生と小学生の2児のパパ。小学生のお子様(娘)に反抗期が来たりして、父親の必要性がなくなったら家族より自分を選んでくれるだろうと‘その時’の到来を待っているという。。。5・6年後かとは思うが寂聴先生に後押しされて、恋に生きるのだそうです。

プロポーズについて

皆さんはプロポーズのした(された)経験はありますか?不倫であろうがなんだろうが「結婚しよう」となればプロポーズです。そんなプロポーズにも「プロポーズの日」があるのはご存じですか?参照:プロポーズの日と結婚の日はいつがいいのか

プロポーズをポロポーズの日に行うというのも良いかもしれませんね。人生の中で何度もないイベントはこだわりを持ちたいものです。